【密着取材】寿司学校の現場で、いま何が起きているのか― 寿司職人を養成する飲食人大学で寿司教育の「今」を探る

近年、「寿司を本格的に学びたい」という声が、国内外で増えている。
AIや自動化が進み、仕事のあり方が揺らぐ中で、手に職を持つ寿司職人の価値が、あらためて見直されているからだ。かつて寿司職人を目指す道といえば、店に入り、長い時間をかけて修業するのが当たり前だった。しかし現在ではその選択肢は一つではない。
特に短期間で集中的に寿司の技術を学べる寿司学校の存在は、寿司職人を目指す者にとって心強い存在だ。
しかし、実際の授業内容については意外と知られていない。そこで今回、寿司職人の職業訓練学校として知られる飲食人大学に取材を打診したところ、授業や教育現場を実際に取材する機会を得た。
寿司教育の現場はいまどうなっているのか。プロを志す人々はどのような環境で学び、どんな未来を描いているのか。寿司文化が世界に広がる中で、その入口となる教育の現在地を探る。
寿司職人養成学校の飲食人大学とはどんなところなのか
取材で訪れたのは、東京・恵比寿に校舎を構える飲食人大学 東京校。
プロフェッショナルな寿司職人を養成することを目的に設立された
これまでの「見て覚える」
大通り沿いのビルの一室に足を踏み入れると、外の賑やかな空気とは対照的に、教室内には独特の緊張感が漂っていた。ガラス越しに見える街の風景とは別世界のように、教室では生徒たちが黙々と手を動かしている。
単なる技術習得にとどまらず、「現場で働くこと」を前提とした教育設計が一貫している点がこの学校の特徴だ。

在籍する生徒のバックグラウンドはさまざまだ。
料理未経験から寿司職人を志す人、すでに飲食業に携わっているが専門性を高めたい人、将来的な独立や海外就業を視野に入れる人など、目的は一様ではない。ただし共通しているのは、「寿司を職業として成立させたい」という明確な意志だ。
カリキュラムは、座学よりも実技を重視した構成になっている。
包丁の扱い方や魚の下処理といった基礎から始まり、仕込み、握り、提供までを段階的に積み重ねていく。最終的には、実際に客前に立つことを想定した実習が組み込まれており、単なる練習に終わらない点が印象的だった。
想像以上に現場寄りだった授業
取材当日、教室に入るとまず感じたのは、想像以上に張り詰めた空気だった。
私語はほとんどなく、生徒一人ひとりが目の前の作業に集中している。
大きな声ではないが、要点を的確に突く講師の指示が静かな緊張感を生んでいた。

真剣にマグロの切り付けを練習する生徒
この日の授業は、仕込みから提供までを通して行う実践的な内容だった。
生徒はそれぞれ持ち場に立ち、魚を捌き、ネタを整え、握りへと進んでいく。講師は常に全体を見渡しながら、必要なタイミングで手を止め、包丁の角度や立ち位置、動線の取り方まで細かく指摘していく。
印象的だったのは技術そのものだけでなく、「なぜそうするのか」を必ず言葉にして説明していた点だ。
単に正解を示すのではなく、失敗の理由や改善の方向性を明確にすることで、同じミスを繰り返さないよう導いている様子がうかがえた。
「見て盗め」ではなく、とにかく「手を動かして体で覚える」。ただし、闇雲に繰り返すのではなく、講師がその場で「理論(なぜそうするのか)」を教えるため、迷いなく最短距離で技術が定着するようだ。

圧倒的な「実技」の量と、講師による的確な「理論」の指導が成長を支える
また、実習に使われている食材も、練習用として割り切ったものではない。
豊洲市場から直接仕入れた鮮度の高い魚を扱うことで、素材ごとの違いや扱い方の繊細さを身体で覚えていくという。
教室全体を通して感じたのは「短期間で上達させるための密度」だ。
一つひとつの動作を反復し、すぐに修正してまた試す。そのサイクルが非常に速く、生徒が自然と前のめりになっていく理由が現場を見て理解できた。

授業で使用する魚介
現役の生徒に話を聞いてみた
実際の授業を見学する中で、ちょうど提供実習に臨んでいる生徒がいた。
せっかくの機会ということで授業の合間に少し話を聞かせてくれた。
話をしてくれたのは、入学時は料理未経験だったという生徒のYさん。カウンターに模した作業台に立ち、実際に寿司を提供する姿からは、2ヶ月前まで未経験だったとは想像しにくい落ち着きが感じられた。入学前の状況について尋ねると、意外なほど率直な答えが返ってきた。
「本当に未経験でした。包丁もまともに握ったことがなくて、魚の扱い方もまったく分からない状態でした。最初の頃は、包丁の持ち方すらぎこちなかったと思います」

入学したばかりの頃は全ての動きがぎこちなかったという
――どのタイミングで成長したと実感できたのでしょうか?
「提供実習で初めて自分で捌いた魚をお客さんに出したときですね。最初は手が震えて、提供のタイミングも遅くて……。でも、何度も繰り返すうちに手の動きが自然になって、リズムがつかめてきました。お客さんから『おいしい』と言ってもらえたときに、ようやく成長を実感できました」
技術面だけでなく、所作や考え方にも変化があったという。
「魚介の捌きの精度や握りのリズムはもちろんですが、包丁の扱い方や動線の取り方も大きく変わりました。あと一番は、『お客さんにどんな体験をしてもらいたいか』を考えるようになったことです。料理は素材だけでなく、出し方や間も大事なんだと学びました」
――短期間でここまで変化できた理由は何でしょうか?
「授業の密度がとにかく高いです。座学は本当に最低限でほとんどが実技。とにかく手を動かす時間が多い。しかも講師がすぐ隣で細かく修正してくれるので、失敗しても次に活かすまでが早いんです」
確かに初心者にとって、講師が横で指導してくれるのは非常にありがたい。使う食材などはどうなのだろうか。授業で使用される魚介についても聞いてみた。
「豊洲市場から直送された食材を使えるのは大きいですね。良い魚を触ることで、締め方や鮮度の違いが感覚として分かるようになりました。練習というより現場と同じ感覚で学べるのがありがたいです」

豊洲市場から直送されたマダイを捌く
講師やクラスメイトの存在について尋ねると、にこやかにこう話してくれた。
「同期の存在は本当に大きいです。同じ目標を持った人たちと一緒なので、自然と負けたくない気持ちが出てきて練習量も増えました。先生の指導も細かくて、妥協しないところがありがたいです」
卒業生の姿が示す卒業後の未来
取材当日は卒業生が学校を訪れており、短い時間ではあったが話を聞くことができた。
すでに寿司店で現場に立っているという卒業生のTさんは、「学校での経験が今どう役立っているか」を率直に語ってくれた。
「現場に出て感じるのは仕込みや動線、スピード感ですね。例えば、穴子の仕込みは結構難しいですが、学校でゼロからしっかり教えてもらったので、今では仕込みから握るまでを一人でこなしています。最初から現場基準で教えられていたのは大きかった。学校でやっていたことがそのまま仕事につながってるように感じます。」
学校で学んだことが、単なる練習で終わらず、実務に直結している点は、在校生だけでなく卒業生の言葉にも表れており、飲食人大学が寿司職人志望者にとって心強い存在になっていることが感じられた。


今では穴子も仕込みから握りまで一人でできるという
講師に聞く成長を支える仕組み
最後に、講師の方にも話を伺った。未経験の生徒が短期間で客前に立てる理由について、講師はこう説明する。
「大切にしているのは、再現できる手順を徹底することです。感覚論ではなく、なぜそうするのかを言語化し、失敗しても原因が分かるようにフィードバックします。繰り返しの実践があるからこそ、短期間でも実務に近い動きができるようになります」

カリキュラムの仕組みと生徒の成長について熱く語る講師
また、食材についても触れてくれた。
「市場直送の食材を使うことで、学びのスピードは確実に上がります。本物を触ることに勝る教材はありません。現場に出たときのギャップをできるだけ小さくしたいんです」
進路についても学校として一定のサポートを行っており、それぞれの志向に合わせて就職、独立、海外など現実的な選択肢を一緒に考えているそうだ。
特に近年は、世界的な寿司ブームもあり、
取材を通して感じたこと

今回、寿司学校の現場を取材し、実際に授業を見学しながら生徒や講師の話を聞くことで、寿司学校という存在が担っている役割が、より具体的に見えてきた。
取材した飲食人大学は、未経験者を受け入れながらも、ゴールを決して甘く設定していない学校だが、特に印象に残った点は次の三つだ。
①とにかく手を動かして体で覚える。現場基準で設計されたカリキュラムであること
②短期間でも「職人としての視点」が身につき、卒業生がミシュラン店を輩出するなどの実績がそれを裏付けていること
③経験値が高い講師や同じ目標を持った仲間がいるなど、寿司の技術習得に集中できる環境が整っていること
一方で、決して楽な道ではないとも感じた。
求められる集中力や反復量は多く、覚悟がなければ途中で苦しくなるだろう。
だからこそ、短期間で技術を伸ばしたい人、早い段階で現場の空気を体感したい人、整った環境でしっかり寿司を学びたい人、寿司を職業として選びたい人にとっては、非常に相性が良い。
寿司を学ぶ方法が多様化した今、「どこで」「どんな環境で」学ぶのかは、以前にも増して重要になっている。
飲食人大学は、特にプロの寿司職人を志す人にとって、明確な選択肢の一つになり得る学校といえるだろう。
取材協力:飲食人大学 東京校
取材・執筆: 寿司ウォーカー編集部
公式サイト:寿司職人養成学校・飲食人大学


