寿司の基礎知識④貝
寿司ネタでもよく使われる貝。身近な貝と言えば、アサリやハマグリなどの二枚貝、サザエに代表される巻き貝などがありますが、二枚貝、巻き貝以外にも、ヒザラガイ(多板類)、ツノガイ(掘足類)などがあり、アメフラシやクリオネなど殻が退化してしまった貝もあるなど、実にさまざまです。
また、広義では貝殻を持つ軟体動物のことを貝になるので、イカやタコも貝の仲間に当たります。
今回はそんな実に多様な種類を持つ貝のお寿司について紹介します。
貝の寿司の歴史
縄文時代の貝塚が示すように、貝は古くから日本人にとって重要な食料であり、海に囲まれた日本での食生活を語る上で欠かせません。
寿司は東南アジアを起源とする「熟鮓(なれずし)」が、稲作の伝来と共に日本に伝わって始まったという説が有力で、奈良時代にアワビやイガイなどの貝が熟鮓として食べられており、朝廷に献上されたという記録も残っています。熟鮓は現代のいわゆる握り寿司とは少し違って、米飯に長い期間漬け込んで酸化させたもので、保存食としての側面が強いものでした。
やがて、江戸時代に入ると、江戸を中心に握り寿司の原型のような「はや寿司」が現れ、やがて「握り寿司」へと変化していきます。これがいわゆる江戸前寿司で、私たちの知っている握り寿司はこの頃から始まったといわれており、「寿司」という漢字が頻繁に使われるようになったのもこの頃です。
当時は冷凍技術がないことから、貝はもちろん、多くの寿司ネタが生で食すことは難しく、ほとんどの場合は煮たり茹でたりと一手間かけて食されました。
やがて、戦後になると冷凍技術が進歩し、生のまま食べられるようになります。生の貝寿司は海の旨味を味わいやすく、玄人好みともいわれますが、そこまでには長い道のりがあったのです。
貝の栄養
貝は比較的低脂肪ですが、海水に溶けているミネラルや栄養素を貝殻の中に閉じこめているため、ミネラル、蛋白質、ビタミンB、カルシウム、鉄、亜鉛、カリウム、マグネシウムなどが含まれるなど、栄養価が高い食べ物です。
また、体や細胞の状態を正常に戻すタウリンも豊富に含まれますが、タウリンは肝臓のコレステロール分解促進、血中コレステロールを下げる働きがあり、心臓機能低下、高血圧症、肝臓機能の低下、動脈硬化を防ぐ役割をもっています。
このように貝は、優れた栄養価を持っていますが、栄養があるだけでなく、アミノ酸であるグルタミン酸、コハク酸などのうま味成分が含まれるため、味噌汁のダシにも使われるなど非常に機能性の高い食べ物といえます。
注意点は、貝には塩分も含まれるので、貝を味噌汁の具にするときなどは、塩分のとりすぎに注意する必要があります。
また、エッチュウバイガイなど妊娠中の女性は悪影響を与える貝もあるので、取り過ぎには妊娠中の女性は気をつけた方が良いでしょう。
貝のお寿司
それでは次は寿司ネタでよく使われる貝の特徴や栄養素などを紹介していきましょう。
赤貝(アカガイ)
赤貝は江戸時代から人気のある伝統的な寿司ネタで、肉が赤みがかっているところから、その名が付いたと言われています。艶のある鮮やかな色合いが鮮度の証しで、海を連想させる磯の香りとプリプリした歯ごたえ、赤貝特有の爽やかな旨味を楽しめるネタです。
赤貝は貝ヒモを軍艦巻きにしたり、握り寿司以外にも、酒のつまみとして肝を甘辛く煮るなど、たくさんの楽しみ方があります。
以前は東京湾でもたくさん獲れたために庶民まで広く普及していましたが、高度成長期以降、国内では海洋環境の変化や乱獲によって漁獲量が減り、国内産は価格が上昇しています。
現在は養殖技術が進歩したことから、朝鮮半島や中国の養殖赤貝が流通が多くなっており、安価な回転寿司でも楽しめるようになっています。
【旬の時期】主に秋から春。特に冬から初春の寒い時期が最も美味しい。
【栄養】タンパク質が多く、ビタミンB12、ヨウ素などを豊富に含む。
鳥貝(トリガイ)
身の表面が黒い膜に覆われた貝です。食用とする足が鳥のくちばしのような形をしており、鶏肉のような甘みを持つ点から、その名が付きました。
江戸時代に握り寿司が誕生した時から寿司ネタとして扱われている代表的な貝で、東京湾や三河湾、瀬戸内海で獲れ、京都の丹後で養殖された鳥貝はブランド化しています。
他の貝と比べると、甘みが強く、良い意味でクセの少ないネタです。一般的には茹でたものが流通していますが、殻付きで入荷したものを生のまま握ったり、かるく焙ったりして楽しむこともできます。大振りで新鮮な鳥貝は高級寿司店でも提供されています。
なお、京都府では鳥貝の養殖事業が進んでおり、地域ブランドの「丹後とり貝」として出荷されています。天敵であるタコやヒトデの影響を受けないので、身は天然物よりも大きいという特徴があります。
【旬の時期】4~7月。太平洋側では春、日本海側では夏が旬
【栄養】タンパク質、脂質、ビタミンB群、ビタミンC、ナトリウム、カリウムなど。免疫力アップや疲労回復への効果が期待される。
帆立貝(ホタテガイ)
貝殻の一片を帆のように開いて立て、帆掛舟のように風を受けて海中や海上を移動するという俗説にちなみ、帆立貝と呼ばれるようになったといわれています。
冷水で育つので国内では北海道や東北が主な産地となり、日本海側の南限は能登半島、太平洋側は千葉付近とされています。天然物は希少で、昔は高級品として扱われていました。
養殖技術が普及してからは値段が下がりましたが、初夏から秋にかけて旬を迎えるオホーツク産は特に甘みが強く、多くのファンを惹きつけています。
寿司ネタとしては、ふっくらとした貝柱を、醍醐味である柔らかな食感を損なわないよう厚めにスライスして握るのが一般的です。その口当たり、まろやかな甘みは年齢を問わず人気で、産卵期直前の卵巣と精巣は濃厚な甘みを味わえます。
【旬の時期】旬は2度ある。産卵が終わった初春から夏と生殖巣(卵)が発達した冬。
【栄養】ビタミンB1やタウリンを含み、疲労回復や内臓機能の向上に効果があるとされる。
鮑(アワビ)
コリコリした歯ざわりが特徴で、寿司の他にも刺身、酒蒸し、ステーキなど幅広く調理されます。干し鮑は中華料理の高級食材として使われますね。
アワビには、黒鮑(クロアワビ)、蝦夷鮑(エゾアワビ)、眼高鮑(マダカアワビ)、雌貝鮑(メガイアワビ)の4種があります。貝の中で最も高級品とされているのが鮑で、特に黒鮑は一流の寿司屋や料亭に卸されている超高級品です。
平安時代の木簡にも、その名が度々登場しており、当時の貴族が好んで食べていたと推察されます。
昨今では乱獲と海洋環境の悪化のため激減しており、天然物はさらに値段が上がっていますが、養殖栽培が進む蝦夷鮑は比較的安価で、回転寿司店などで提供されています。
旬のアワビは芳醇な香りと濃厚な旨みを持ち、出汁やスープを使って煮ると、さらに柔らかな食感を楽しめます。アワビの酒蒸しは寿司屋のつまみの人気メニューとなっています。
【旬の時期】産地や種類によって異なるが、一般には産卵期前の7~9月。アワビは俳句で夏の季語です。
【栄養】低カロリーで高タンパク。コラーゲンを多く含み、皮膚を若々しく保ったり、骨を丈夫にしたりする働きが期待できる。
蛤(ハマグリ)
栗に似た形をしているところから「浜の栗」としてハマグリの名がついたといわれています。
昔は日本各地で獲れましたが、今では数が激減して国産の天然物は鹿島灘(茨城県)のほか、伊勢湾、瀬戸内海西部の周防灘、有明海の一部のみとなっており、茨城県が全国の漁獲の7割ほどを占めています。
日本ではハマグリを生で食べる習慣はなく、基本的に煮込んだ後、アナゴの煮汁で作った甘い煮詰めを塗って提供します。煮て仕込むハマグリは江戸前寿司の伝統であり、江戸時代から続く「粋」を継承することでもあります。
蛤は寿司ネタをはじめ、ひな祭りや結婚式で食べる縁起物としても知られています。豆知識として、実は二枚貝のハマグリの殻は、もともと対になっていた殻としかピッタリと合いません。「一生を一人と添い遂げる」というような意味合いから、縁起物として使われるようになりました。
【旬の時期】5~10月が産卵期で、食べる旬は身が肥える春先の2~4月。
【栄養】ビタミンB12や、貧血予防に効果のある鉄、カルシウムなどを含む。
貝寿司は寿司の名脇役
今回紹介した貝のお寿司はほんの一握りですが、貝は国内だけで1万種以上、全世界では10万種以上あるとされています。その多くが食用に向いているというのですから驚きですよね。
一般的によく食されるマグロやサーモン、イクラなどよりもやや地味なイメージですが、幅広い旨味や食感、栄養価を持つ貝こそ、寿司という世界に彩りを加え、豊かにしてくれるのは間違いないでしょう。貝のお寿司は映画でいえばまさに名脇役といえます。
さらに寿司の魅力を深掘りするためにも、ぜひさまざまな貝のお寿司を試してみてくださいね。