板付遺跡
【よみ】いたづけいせき
【English Name】Itazuke Site
福岡市博多区に位置する、縄文晩期から弥生後期までの時代にわたる複合遺跡。1976年に国の史跡として指定を受けた。
福岡平野のほぼ中央、標高7〜9mの台地とその周辺低地に立地し、弥生時代の始まりを象徴する重要遺跡として広く知られる。佐賀県の菜畑遺跡に次ぐ古い水田跡が検出されており、日本列島における稲作受容の過程を知るうえで欠かせない存在である。
卵形の環濠は南北約110m・東西約81mの規模で、断面がV字形をなす。集落周辺には200基以上の貯蔵穴が確認されるに至っている。1978年の調査では、弥生前期の地層よりさらに下層の縄文晩期末の層から水田遺構や木製農具が検出され、稲作の起源が従来の想定よりも古い可能性が提示された。
1916年には甕棺の内部に青銅製の矛・剣が認められ、弥生土器と金属器の共伴が初めて学術的に報告された。1950年には在野の研究者・中原志外顕が夜臼式土器と板付式土器を同一地点で採集したことで、最古級の弥生遺跡として広く注目を集めることとなった。
現在は環濠集落が再現整備された板付遺跡公園として公開されており、隣接する弥生館で出土品を見学できる。寿司の原点ともいえる米作りの始まりを体感できる史跡である。


